昭和37年に東京新橋にあった小さな民間航空会社(合併を繰り返して今では日本航空)に操縦士要員として入社して調布飛行場でセスナ機の操縦訓練をうけ小型機機長になりました。昭和41年にYS‐11型機の機長となり、昭和55年には機長1万時間無事故表彰をうけ、平成元年には運輸大臣表彰を受賞しました。
機長として国内線、国際線の路線を飛ぶことのほかテストパイロットとして新機種の開発(DC−9型機とヨーロピアンA−300型機)や査察操縦士として機長や副操縦士の技量審査をすることもあり、皇室フライトの機長を勤めたこともあります。
平成7年には2万飛行時間を達成し社団法人日本操縦士協会会長から顕彰をうけ、平成11年飛行時間2万2千時間で定年退職しました。思い出多いパイロット人生でした。現在日本航空JASOB会理事を務めています。